書く行為こそが、生産的な分析ツールだと
書く行為が整理、分析のために必要だと梅田望夫さんが書いている。
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080509/p1
書く行為というのは、論理だけではなくて、感覚が左右する。
極端な例でいえば、書くことがとてものりのりの時と、気乗りせずに半日机に座ってネットサーフだけをしている時がある。
脳は複数の情報をつなぎ必要な脈絡ある情報にしようとする。
何が必要な情報であるかは神経回路に動きに任せられることになる。
ここが複雑な動きであるからこそ、結果多角的分析作業になるのだろうと考えている。
この部分の処理能力が、書く気というやる気の程度に左右されるから
知的生産性というのは感覚の制御こそが問題になる。
アイデアを出し放ったようなメモになったけれど知的生産性というのは
こういうことではないだろうか。